「飛距離無制限」の新型核兵器が登場…各国の開発に後れをとる日本に「必要不可欠な手段」

2022年2月にロシアがウクライナ侵攻をはじめた。それを機にロシアは核兵器を使用する可能性を幾度となく示唆し、国際的に緊張感が高まっている。しかし、核兵器の使用・保有はロシアに限った話ではない。『核の復権 核共有、核拡散、原発ルネサンス』を書いた会川晴之氏によると、「ロシアだけでなく、世界に目を転じると核戦力の増強に取り組む姿が次々と目に入る」という。本書から一部抜粋して、世界各地で起きている核や原子力をめぐる事案の関連性を解説する。

前編記事『中国が「核サイロ」の大増設に踏み切る…もはや核兵器が「最小限の抑止力」じゃなくなる「最悪のシナリオ」』に続く。

中国の新型核兵器

中国は新型核兵器の開発も手がける。その代表が、音速の5倍以上にあたるマッハ5以上の極超音速で飛ぶハイパーソニック兵器とロケットを組み合わせた兵器だ。

「スプートニク的な瞬間かどうかはわからないが、それにかなり近いと思う」

2021年10月、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は、中国が3カ月前に初めて実験した新兵器を、かつて米国を揺さぶった「スプートニク」という言葉を口にしながら語り始めた。

スプートニクは1957年にソ連が世界で初めて打ち上げた人工衛星だ。大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術の習得に直結するため、先を越された米国には「スプートニク・ショック」と呼ばれた強い衝撃が走った。今回の中国の実験は、それに匹敵するショックを米国に与えたというのがミリー発言の真意だ。

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中国が実験した新兵器は、東西冷戦時代にソ連が開発を手がけ、68年から83年まで配備した部分軌道爆撃システム(FOBS)と呼ばれる兵器を、現代風にバージョンアップさせたものだ。機動性に富むスペースシャトルの小型版に核兵器を載せたようなものと言える。

弧を描くような弾道軌道を飛ぶICBMと違い、この新兵器は、人工衛星のように地球を周回する軌道にいったん入った後、大気圏内に再突入するタイミングを自由に選ぶことができる。ロケットで打ち上げられたスペースシャトルが、宇宙での任務を終えた後、地上の基地に帰還するのと同じ原理を使い、狙った場所に核攻撃を仕掛けることができる。

2種類のハイパーソニック兵器

さらに、この新兵器には飛距離が無限大であるというメリットもある。ICBMの最長飛距離は、現時点では約1万8000キロと限界がある。

中国から米国を攻撃するICBMは、最も距離の短い経路である北極経由を飛ぶ。だが、飛距離無制限の新兵器は南極方面からでも米国を狙える。米国のレーダーやミサイル防衛(MD)システムは北からの攻撃を想定して配備されており、防御が手薄な方向から攻撃が可能となる。

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この新兵器に使うハイパーソニック兵器は、中国だけでなく、ロシア、米国が開発にしのぎを削る新兵器。種類は二つある。

一つは、弾道ミサイルの先頭部分に取り付け、一定期間、飛行した後にミサイル本体から分離し、グライダーのよう飛ぶタイプ。もうひとつは、「ラムジェット」「スクラムジェット」と呼ばれる新型のエンジンを使い自力で飛ぶ巡航ミサイル型で、航空機や水上艦、潜水艦から発射する。

中国は19年10月にあった建国70周年記念の軍事パレードで、グライダー型ハイパーソニック兵器を装着した中距離弾道ミサイル「東風(DF)17」を初めて披露した。20年から実戦配備し、グアムや沖縄の米軍基地、中国近海への接近を試みようとする米軍空母部隊を狙い撃ちする役目を負う。

開発にしのぎを削る各国

ロシアもグライダー型の「アバンガルド」、巡航ミサイル型の「ツィルコン」に加え、戦闘機にぶらさげ、空中から発射する「キンジャル」を開発したと主張している。いずれも実戦配備し、「キンジャル」は22年3月からウクライナで実戦使用を始めた。

だが、「キンジャルは、ハイパーソニック兵器ではないのではないか」との疑惑が湧き起こる。英国国防省は、こう分析する。

「地上発射用に開発した短距離弾道ミサイル『イスカンデル』を、戦闘機から発射しているだけだ」

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兵器の開発をめぐっては、敵味方双方が、相手の能力を低くみせようと激しい宣伝戦を繰り広げる。それだけに、英国防省の分析が正しいかどうかは不明だが、23年5月以降、ウクライナで「キンジャル」の撃墜が相次いでいる。まだ、確かなことは言える段階にはないが、私は「最新鋭のハイパーソニック兵器が、そうやすやすと撃墜されるはずはない」と考え、英国の分析に軍配を上げようと思い始めている。

一方、米国も中露両国と同様にハイパーソニック兵器の開発を手がけるだけでなく、第二章でも触れたように、宇宙空間にセンサーを置く計画に取り組むなど、新たな防御手段構築に追われている。

日本はハイパーソニック兵器に対抗できるか

新型兵器の危機に直面しているのはなにも米国だけでない。日本も同様だ。中国だけでなく北朝鮮もハイパーソニック兵器の開発・実験を手がけているからだ。

日本のミサイル防衛(MD)は、海上に展開する海上自衛隊のイージス艦と、地上に配備するパトリオットミサイルの二段構えで構成されている。イージス艦には、ミサイル迎撃に使うミサイル「SM3」を配備する。SM3には数タイプあり、中でも、日米が共同開発した最新鋭の「SM3ブロック2A」は速度が速く、長距離を短時間で飛べる。従来型の迎撃ミサイルより広い範囲を守る能力がある。配備が進めば、イージス艦2隻で日本全土を守れる計算になる。ただし値段は張る。米国の調達数により価格が変動するため、正確な数字は算定できないが、ブロック2Aの値段は1発40億円とも言われる。

地上に配備するパトリオットは、海上で撃ち漏らした場合に備えたものだ。ただ、射程が短いため、都市など狭い地域の防御を想定している。ちなみに値段は1発5億円ほどだ。

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日本は万全を期してMDの整備を進めてきたが、中国が低空を飛ぶハイパーソニック兵器を開発したことで、計算が大幅に狂った。

日本がMDの切り札に据えるイージス艦搭載の「SM3」は、高度70キロ以上を飛ぶ弾道ミサイルを撃ち落とすために開発された兵器だ。だが、中国のハイパーソニック兵器「DF17」は、高度60キロ以下の低空を飛ぶため、「SM3」は対処できない。頼みは地上配備のパトリオットとなるが、上述したように守備範囲は狭い。この問題を解決するには、米国との協力が不可欠となる。

日米両国は23年8月、ワシントン郊外の大統領山荘キャンプデービッドであった首脳会談で、ハイパーソニック兵器防衛用の新型ミサイルの共同開発で合意した。開発は時間との勝負となるため、日米双方が強みを持つ分野を互いに持ち寄り、開発速度を上げることを目指す。