「貧血になる」「かえって骨がもろくなる」は本当か…あらゆる"牛乳は体に悪い"説を小児科医が徹底解説なぜ白い食品が悪者にされがちなのか

最近、Instagramでは「牛乳は体に悪い」「牛乳貧血になる」といった牛乳有害論がもてはやされている。小児科医の森戸やすみさんは「どれもこれも荒唐無稽なものばかり。一体どうしてこんなバカバカしい説が広まっているのか……」という――。
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おかしな子育て情報が広まるSNS

先日、外来で「インスタに、子供に牛乳を飲ませると貧血になる、かえって骨が弱くなる、健康に悪いとかっていう話がたくさん投稿されているんですが、本当ですか?」と聞かれたので、今回は牛乳と子供について書こうと思います。

まず、インスタというのは、「Instagram(インスタグラム)」という画像がメインのSNSです。それぞれの投稿には、写真やイラストなどとともに、投稿者のコメントが書かれています。Facebookよりも若いユーザーが多く、子育てや小児医療についての情報も多いようです。ただ、非専門家によるまったく根拠のない投稿も多いので要注意。最近、Xには「コミュニティノート」といって、誤解を招く可能性がある投稿に対し、ユーザーが協力して背景情報を提供する機能がつき、正確ではない情報やデマが独り歩きするのを防げるようになりました。しかし、FacebookやInstagram、TikTok、YouTubeには、そういった機能がないので、誤情報が拡散されやすいのです。

情報の真偽を調べるには時間も手間もかかるので、特に忙しい育児中は「そんな怖いウワサがあるなら、牛乳を子供に飲ませるのを控えたい」という人が出てくるのも当然です。また、画像や映像で簡単に見られる投稿が好まれるのも人情でしょう。でも、間違った情報をもとに牛乳を避けるのはよくありません。ぜひ今回の記事を読んでみてください。

子供と鉄欠乏性貧血の基礎知識

さて、実際にInstagramで「牛乳」という言葉を検索してみたところ、鉄分不足による貧血を心配している声が多かったです。どうして子供の鉄欠乏性貧血が問題かというと、鉄は赤血球の酸素運搬やエネルギー産生において重要な働きをしていて、全身の機能を働かせるためにも、発育や発達(特に神経系)のためにも欠かせないからです。成人してからの鉄不足は治療によって回復可能ですが、体を作っている成長発達途中の子供がひどい貧血になった場合、知的障害・運動機能障害が残る危険性さえあります。

そもそも誕生前の赤ちゃん(胎児)は、母体から胎盤やヘソの緒を通して十分な量の鉄をもらっているもの。しかし誕生後は、完全母乳栄養の場合、母乳に含まれる鉄の量が少ないために赤ちゃんの体内の鉄は減っていきます。ただ、母乳よりも鉄が多く含まれている粉ミルクや液体ミルクを飲んだり、生後5〜6カ月から離乳食をバランスよく食べたり、生後9カ月からフォローアップミルクを飲んだりしていれば、あまり不足することはないでしょう。反対に母乳のみで育てていて離乳食も進まなければ、鉄欠乏性貧血に陥ることがあります。アメリカ小児科学会では、生後4カ月以降に母乳しか飲んでいない子供には、鉄剤を推奨しているほどです。

鉄欠乏性貧血のリスク要因は、早産児・低出生体重児、鉛への暴露、生後4カ月以降の完全母乳栄養、早期(1歳未満)の牛乳投与、鉄分の含まれない離乳食です。早く生まれたり、小さく生まれたりした子は、治療のガイドラインがありますから小児科で検査をしたり鉄剤をもらったりしているでしょう。鉛に触ったり食べたりする子は、あまりいませんね。完全母乳栄養で、離乳食が進まないときや偏食がひどいときには、小児科で相談してみましょう。

話題の「牛乳貧血」とは何か

ちなみに、Instagramには「牛乳貧血」という言葉がたくさんありました。これは医学用語ではないものの医学雑誌などでも使われる言葉で、牛乳を大量に飲むことによって他の飲み物・食べ物をとれなくなって進行した「鉄欠乏性貧血」のことを指します。

小児科の医学雑誌で報告されている「牛乳貧血」の場合、1歳前後の子が毎日800〜1500mlの牛乳を飲んでいたとのこと。その時期の平均体重は約9kgですから、大人の体重に換算すると4〜10.5Lの牛乳を毎日飲むようなものです。ものすごい量ですね。なかなかそんなにたくさんは飲めないでしょう。当然、胃に他の食べ物が入る余地がなくなった結果、鉄が不足して貧血になります。でも、大量に牛乳ばかり飲まなければ問題ありません。特に鉄欠乏性貧血の好発年齢である生後9カ月〜2歳、そして第二次性徴期(女の子は10歳ごろから、男の子は11歳ごろから)には気をつけましょう。

また、Instagramには「牛乳に含まれるカルシウム、カゼイン、リンが鉄の吸収を阻害するので、子供が1日に600ml飲むと牛乳貧血になる」という説もありました。確かに多量のカルシウムは鉄の吸収を阻害しますが、ゼロにするわけではありません。カゼインやリンが鉄の吸収を阻害するという文献は見つかりませんでした。他にも鉄の吸収を阻害するものはタンニン、ポリフェノール、フィチン酸などがありますが、これらも鉄をまったく吸収しなくなるわけではないし、それぞれが含まれる食品は健康上の利点がありますから、バランスや組み合わせが大事ですね。また、適度な牛乳の量は、年齢によって大きく違いますから、一様に600mlと書いてある時点でおかしいでしょう。

乳牛

写真=iStock.com/kamisoka

他にもある牛乳に関するデマ

そのほか、「牛乳の飲ませすぎは危険」などと、なぜか牛乳が危険な食品かのように煽る、おかしな投稿がたくさんありました。例えば、次のようなものです。

「日本人にはラクターゼがないため、牛乳のカルシウムが摂れず腸炎になる」
ラクターゼは乳糖分解酵素なので、カルシウムの吸収には関係ありません。また、牛乳に含まれるカルシウムは腸に炎症を起こしません。たぶん日本人の一部には、ラクターゼを持たないために牛乳を飲むと下痢などを起こす「乳糖不耐症」がみられることを誤解しているのでしょう。

「牛乳を飲むと骨がもろくなる」
カルシウムの豊富な牛乳を飲んだ結果、骨がもろくなることはありません(※1)。多くの研究で、牛乳は成長期には骨量を増加させ、中高年期には骨量の減少を抑制するという結果が出ています。昔から「スウェーデン人を対象とした研究では骨折が増え、寿命が短くなった」という説がありますがデマです。

「乳牛の搾乳量を増やすために成長ホルモンを使っている」
これも根拠のない説です。乳牛に使う成長ホルモンはアメリカで開発され、世界20カ国で使用されていますが、日本では認可されていません(※2)。

「牛乳を飲むとアテローム血栓症になる」
牛乳中の脂肪は製造過程で過酸化脂質になるため、血管壁に「アテローム」を作り、血流を妨げて血栓症になるという説。牛乳が特にアテロームや血栓を作りやすいということはありません。また似た説に「ホモゲナイズ(均質化)された牛乳は、乳脂肪が酸化していて体に悪い」という説もありますが、牛乳の製造過程で不飽和脂肪酸が過酸化水素と結びついて過酸化脂質になることはありません(※3)。

「牛乳に含まれるカゼインは発がん性物質」
発がん性物質とは、がんを引き起こす原因となりやすい物質のこと。カゼインは、がんを起こしやすい物質ではありません(※4)。またカゼインは消化しづらいといわれていますが、そんなこともありません(※5)。

※1 一般社団法人Jミルク「ウワサ5 牛乳を飲みすぎると骨粗鬆症になる
※2 農林水産省「肥育ホルモンについて
※3 一般社団法人Jミルク「ウワサ1 ホモゲナイズされた牛乳の乳脂肪は“錆びた脂”
※4 厚生労働省「発がん性物質
※5 一般社団法人Jミルク「ウワサ8 牛乳は胃の中で固まるので消化が悪い

「フードファディズム」のおかしさ

この牛乳の件のように、特定の食べ物が健康によいとか悪いとか、病気に効果があるなどと過大評価をすることを「フードファディズム」と呼びます。例えば、今までにテレビ番組や一般書を通して「これを食べると健康によい」とされた食品には、りんごや納豆、ココアなどがありますね。逆に「これは意外にも健康に悪い」というマイナス面が誇張されがちなのが牛乳です。他にも上白糖、小麦粉、白米などの白色の食品は「白い悪魔」とまで呼ばれて敵視されることがありますが、どれも危険なものではありません。むしろ精製してあるということは、目的以外のものを意図せず摂ってしまうことがないため、雑味がなくて安全性が高く、消化・吸収されやすいという利点があります。

そもそもヒトは草食動物でも肉食動物でもなく、雑食動物です。草食動物のように動物性食品をとらなくても、肉食動物のように野菜を一切とらなくても、とりあえず生きてはいけます。でも、健康で長生きすることは難しいでしょう。先日、TikTokやInstagramでフォロワーが数万人いるロシアのヴィーガン女性が亡くなったことが報道されました。数年間、動物性食品どころか水も飲まず、果物と野菜ジュースしかとらなかったそうで、亡くなったときは39歳だといわれています。栄養が大変偏っていたことが、死亡の一因だったと考えられます。

大人でもそうですが、まして成長期にある子供には、さまざまな栄養が必要です。牛乳や乳製品は、良質なたんぱく質とカルシウムが手軽に摂れる食品なので、乳アレルギーや乳糖不耐症でなければ避けるべきではないでしょう。

牛乳

写真=iStock.com/seanrmcdermid

SNSの情報は信頼度が低い

また、食べ物に関する情報源としてInstagram、YouTube、TikTok、FacebookなどのSNSを利用することは、おすすめできません。

「○○は体によい」という情報よりも「○○は健康に悪くて危険だ」という情報のほうが、人々の注目を集めやすいものです。そして真偽は二の次で「誰かに伝えなくては」という善意から拡散されやすいという特徴があります。SNSで閲覧数を伸ばして評価を受けるには、「○○は危険」と煽るのが一番手っ取り早いのですね。給食で出てくるような身近な食品ほど、意外性があっていいのでしょう。ですから、どうしても極端で不正確な情報が多くなるのです。

特に子供の食事に関しては、確かな資料を情報源にしましょう。あまり熱心に読む人はいないのですが、母子手帳には基本的で大切なことが書いてあります。他にも、厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」、農林水産省の「子供の食育」、消費者庁の「食品安全総合情報サイト」がおすすめです。特におかしなウワサの多い牛乳に関しては、Jミルクの「牛乳の気になるウワサをスッキリ解決!」が参考になるでしょう。ぜひ一度、目を通してみてくださいね。