サツマイモで目指す100億円企業 積極採用と技術革新が成長の礎に

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くしまアオイファームの会長兼CEOの池田誠さん。同社ではサツマイモの集荷から出荷までの工程をモニターで映して管理しています

 サツマイモの出荷量が農業法人として国内トップを誇る「くしまアオイファーム」(宮崎県串間市)は、父の急逝で農業を継いだ会長兼CEOの池田誠さん(52)が43歳の時に設立し、わずか5年で輸出シェアが日本一になりました。新型コロナ禍の影響で輸出量は一時激減しましたが、2020年以降の「サツマイモブーム」で国内需要が増えた効果もあって、総出荷量と売上高は伸び続けています。成長を支えたのは若くて優秀な人材の採用と、新しい技術の導入でした。

ニーズをつかみ小ぶりのイモを輸出

 池田さんは宮崎県最南端の串間市で代々続くサツマイモ農家に生まれ、21歳の時に父の急死を受けて家業に入りました。サツマイモの生産規模の拡大のためJAに依存せず、スーパーなどへの直接販売と海外への輸出を始め、13年に法人化を実現しました(前編参照)。それから5年で「サツマイモの輸出で日本一をめざす」を目標に、事業の拡大を進めました。

  • 【前編】ゼロから始めたサツマイモ輸出で日本一に 後継ぎが断ち切った退路
  •  法人化の前後に着手したのが、輸出先の消費者ニーズの調査でした。香港のスーパーなどを視察するとともに、サツマイモの試食会を店頭で行い、顧客へのアンケートや聞き込みを繰り返しました。すると、現地では日本で焼き芋に使うようなサツマイモではなく、小ぶりなイモの需要が多いことを知りました。


    香港など輸出先のスーパーで試食会などを行いました(くしまアオイファーム提供)

     香港やシンガポールなどではサツマイモを包丁で切るのではなく、そのまま炊飯器に入れて蒸して食べることが多いこともわかりました。とりわけ狭い集合住宅が多い香港では台所も狭く、使っている炊飯器も小さいため、サツマイモも小さいサイズが受け入れられると池田さんは見立てたのです。

     帰国した池田さんは、アジア圏への輸出に特化した小ぶりなサツマイモの栽培を始めようと、畑に苗を植える間隔をあえて狭くする「小畦(こうね)密植栽培法」を開発しました。

    周辺農家とのエコシステムを構築

     開発と並行して、周囲の農家から規格外の小さいイモの買い取りを始めました。日本の消費者向けには売り物にならず、JAなどへの出荷対象から外れたものです。

     「ほとんどの農家が廃棄していた小ぶりなサツマイモですが、逆に香港などでは炊飯器で火が通りやすいので好まれます。従来は二束三文に扱われていたイモを、私たちは通常より1~2割高い値段で買い取ることにしました。私自身が農家なので、農家に利益を還元したかったという想いもあります」

     こうした“エコシステム”によって、くしまアオイファームは自社農場だけでは応えられない急な需要増にも対応することが可能に。宮崎県や鹿児島県を中心に九州各地で契約農家を増やすことで、輸出量も大きく伸びていきました。今では茨城県など九州以外の農家とも契約を結んでいます。

     くしまアオイファームのサツマイモ農場も43ヘクタール(22年)にまで広がりました。


    くしまアオイファームの自社農場

    若い専門人材を積極採用

     池田さんは輸出拡大に伴う業務を担う人材の採用も進め、串間市や隣の日南市などで、親類や知人を通じて若手人材を募りました。その際にポイントとなったのが、「地元の公務員と同じ水準の給与」の提示です。

     宮崎県では若者の就職先の選択肢が少なく、高校を卒業した人の約半数が県外に転出。大卒者の県内就職率は4割程度にとどまっています(宮崎県教育委員会調べ)。そんな中で公務員は比較的給与水準が高く、人気の職種です。

     「一緒に5年で宮崎県トップの農業法人をめざしましょう」という池田さんの呼びかけに、優秀な人材が次第に集まるようになりました。人件費は地元金融機関からの融資で賄いました。

     「私はそもそも企業経営もよくわからないし、英語も苦手でした。自分が不得意なものは若くてやる気がある人にどんどん任せるスタンスで、『俺ができない部分をやってくれないか』と声をかけ続けました」

     池田さんが最初にスカウトして入社した社員(後に副社長を務め退職)は工業高等専門学校を卒業し、デジタルやデザインの分野に詳しく、くしまアオイファームのウェブサイトやITシステムの構築に貢献しました。この社員の紹介で、さらに若い人材が集まりました。

     その1人が現在専務を務める荒川恭平さん(34)です。当時は20代後半で、宮崎県都城市でアイスクリームや冷凍食品のルート営業をしていました。「サツマイモを海外で売る」という仕事内容に興味を持ち、入社しました。


    専務を務める荒川恭平さん(くしまアオイファーム提供)

     「海外に頻繁に出張できるというのも理由でしたが、学歴も職歴もない自分でもこの会社ならチャンスをもらえると感じました」

     16年には現在社長を務める奈良迫洋平さん(40)も入社。貿易商社での経験と、ワーキングホリデーで滞在したニュージーランドやインドでの経験を生かし、海外の販路を拡大していきました。

     23年3月現在、パート・アルバイトを含めて113人いる社員の平均年齢は28歳。過疎と高齢化が進む宮崎県南部では異例と言えます。


    社長の奈良迫洋平さん(くしまアオイファーム提供)

    技術革新で廃棄率を6分の1に

     技術面の改革も、若手人材が主導しました。最初に入社した社員は、サツマイモの船便での輸出時に発生するカビや腐敗を防ぐ包装袋を、樹脂加工メーカーと共同開発しました。

     一般的に、サツマイモを包装袋に詰めて輸送すると、イモ自体が発出する熱と外気温との差で結露が生じ、輸出先に届くまでに最大5割も腐敗するという課題がありました。この廃棄コストが輸出先での販売価格の高騰につながっていたのです。

     共同開発した包装袋は、髪の毛ほどの穴を開けることで水分を蒸散させ、詰めたイモの鮮度を保つことができる仕様です。この袋によって、くしまアオイファームはイモの廃棄率をそれまでの6分の1ほどに下げました。

     輸出先で陸揚げしてからスーパーの店頭に並ぶまでの管理方法も指導して、新鮮なサツマイモを消費者に届ける仕組みをつくるとともに、廃棄コスト削減で従来より3割ほど安く販売できるようになりました。日本での小売価格とほぼ同額で、くしまアオイファームの輸出量拡大を大きく後押ししています。

     包装袋の開発は、同社が中小企業庁の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」(2016年)に選ばれたり、「2016年度輸出に取り組む優良事業者表彰」で農林水産大臣賞を受賞したりする決め手にもなりました。


    「2016年度輸出に取り組む優良事業者表彰」の授賞式(くしまアオイファーム提供)

    最新設備で長時間貯蔵を可能に

     拡大する輸出に対応するため、16年には貯蔵中のサツマイモの腐敗を防ぐ「キュアリング処理」ができる特殊な貯蔵庫を新設し、最大250トンの貯蔵が可能になりました。

     17年には収容量最大1200トンの大型低温貯蔵庫に加えて最新のデジタル技術を取り入れた集出荷場も新設。自社農場や提携農家からの荷受け、洗浄、乾燥、梱包、出荷までを、ワンストップかつ大半を自動処理で行えるようになりました。資金は補助金を活用したほか、地元金融機関からの融資で賄いました。

     こうした最新設備でサツマイモを長期間貯蔵できるようになり、茨城県など他の産地の収穫期とずらして出荷することが可能になりました。


    キュアリング貯蔵庫ではミスト(霧)を発生させて湿度を管理しています

    コロナ下の国内需要をつかむ

     品質を保ちながら安定的に出荷する仕組みを作ったことで、くしまアオイファームの年間輸出量は17年7月期に約512万トンに増え、国内トップになり、総輸出量に占める同社のシェアは2割を超えました。

     「何としても達成したかった目標なのでうれしいです。有言実行したことで、地元市民や行政の対応、評価が変わり、企業活動もやりやすくなりました」

     18年7月期の輸出量は1136トンと倍増。輸出先も全体の99%を占める香港とシンガポール、台湾に加えて、東南アジア、イギリス、カタールなどへも輸出しようと、19年までは商談を進めていました。それが20年の新型コロナウイルスの拡大でいったん頓挫。通年でコロナの影響を受けた21年7月期の輸出量は前期比で3分の2の751トンに減りました。

     一方、20年前後から焼き芋や大学芋といったサツマイモを使ったスイーツがブームとなり、国内需要が旺盛になりました。都市部にサツマイモスイーツの専門店が増えたり、コンビニで焼き芋が販売されたりするなど、人気が高まっています。


    くしまアオイファームの商品ラインアップ

     輸出量は減ったものの、くしまアオイファームとしての総出荷量は20年7月期に4870トンだったものが21年7月期は5438トン、22年7月期も6852トンと増え続けています。

     法人化したばかりの15年は1億9千万円だった売上高も右肩上がり。20年7月期の13億円から21年7月期は15億円、22年7月期は19億円と成長しています。

    「ゼスプリ」のようなブランドに

     「売り上げだけでなくもっと利益率を高めるため、青果中心のビジネスモデルから加工・直売まで、本当の意味でのサツマイモの一環経営を実現したいと感じています。2030年までに100億円のサツマイモ企業になることが目標です。いずれはキウイフルーツの『ゼスプリ』のような企業像をめざしています」


    池田さんはサツマイモの世界的なブランド化を目指します

     ニュージーランドのゼスプリはキウイフルーツで世界的な知名度とシェアを誇る最大手で、種苗開発や育苗にも強い影響力を持っています。同社のように、池田さんは世界におけるサツマイモの「ブランド」となり、育苗や品種開発など生産をめぐる全てに関わりたいと考えています。

     国内だけでなく、海外にも提携農家を増やして栽培技術の指導などにも力を入れ、得られた収益から、国内外の提携農家に利益を還元できる“エコシステム”をつくりたいと夢見ています。

     「国内ではもっとサツマイモの産地を増やし、農村部の地域振興と農業従事者の育成に貢献したいです。海外の提携農家には日本のサツマイモ栽培技術などを伝授し、世界にサツマイモのおいしさを届けるとともに農家の所得アップにつなげたいと考えています」