首相の給与とボーナス「増額しておいて、あとで国庫返納」はなぜ?「公務員の給与の決定方法」が抱える課題

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首相や閣僚等の「特別職公務員」の給与を引き上げる法案が物議を醸している。多くの批判を受け、松野官房長官は、法案が成立したとしても増額分を「国庫に返納」する方向であると表明した。端的に法案自体を撤回すべきとの意見もあるが、実は、制度上そうせざるを得ない事情も見え隠れする。そこで、本記事では、特別職公務員の給与の決まり方とその課題について、一般公務員の給与にも触れながら解説する。

首相等の「特別職公務員」の給与はどう決まるか

首相や国務大臣といった特別職の国家公務員の給与を増額改定する法案が国会に提出されていることについて、松野官房長官は11月8日の記者会見で、あくまでも法案自体は成立させたうえで、総理大臣は3割、閣僚は2割を「国庫返納」することにする考えを示した(その後、法案は11月10日に衆議院内閣委員会で可決されており、14日以降に衆議院本会議での議決が行われる予定である)。

松野官房長官は会見の中で、法案を成立させる必要がある理由について以下のように述べている。

・特別職の国家公務員には、総理、国務大臣の他にも、会計検査院長や人事院総裁、各種委員会の委員長等、様々な職種がある

・一般職の国家公務員とのバランスを図るとともに、公務員全体の給与体系を維持するため、一般職の国家公務員の給与改定に準じて改定してきている

・賃上げの流れを止めないためにも、民間に準拠した改定を続けていくことが適切

首相や閣僚以外にも特別公務員には様々な職種があり、一般職公務員の昇給とのバランスをとる必要があるため、一般職公務員に準じた改定をしてきている。そして、今回の増額改定案もその一環とのことである。

では、法律上はどうなっているのか。行政法一般に詳しい荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所)に聞いた。

【荒川香遥弁護士】

「特別職公務員の給与の決め方については法律があります。『特別職の職員の給与に関する法律』(特別職給与法)という法律です。しかし、この特別職給与法には、昇給について『一般職公務員に準じて』と明記されてはいません。したがって、この点だけみると、必ずしも一般公務員の昇給に合わせる必要はありません。

ただし、同法は他方で、首相等の地域手当、通勤手当、期末手当(ボーナス)については原則として『一般職の職員の例による』と定めています(7条の2参照)。このことからすれば、法は、給与体系について一般職公務員と平仄を合わせる方向性を示しているといえます。

また、特別職公務員は首相、閣僚を含めて全部で75種類あります。それらの職種について、全体として一般職の公務員との不公平が生じないようにバランスを図る、公務員全体の給与体系を維持する必要があるというのは、法解釈の論理として成り立ち得るものといえます」

つまり、これまで特別職公務員の給与を一般職公務員の給与に準じて改定してきたという扱いは、法律の明文はないものの、法律の趣旨と、一般職公務員との公平性・バランスを考慮してのことと考えられるという。

一般職公務員の給与は「人事院勧告」で決まる

では、一般職公務員の給与はどのように定められているのか。一般職公務員の給与については、「人事院勧告」を踏まえて政府が国会に法案を提出し、国会の議決により決まることになっている。

人事院勧告は、人事院が年1回、国会と内閣に対し、国家公務員の一般職の給与・ボーナス等について、必要な見直しを勧告する制度である。

2023年の人事院勧告は8月7日に行われ、一般職公務員の給与の引き上げを勧告する内容となっている。そして、政府はそれに合わせ、特別職公務員についても引き上げを行おうとしているということである。

人事院勧告は、公務員の争議権(ストライキ等)をはじめとする労働基本権が制約されていることの代償として設けられている制度である。そして、人事院勧告においては、公務員の給与について、民間給与との格差を埋めること(民間準拠)が基本とされている。

まず、「月給」の比較については、国家公務員と民間の4月分の給与を調査して精密な比較を行い、較差を埋めるという方式をとっている。

次に、「ボーナス」の比較については、民間のボーナスの直近1年間(前年8月~当年7月)の支給実績を調査してその「年間支給割合」を求め、これに国家公務員のボーナス(期末手当・勤勉手当といった特別給)の「年間支給月数」を合わせる方式をとっている。

これらについて、企業規模50人以上の民間企業を対象とし、「ラスパイレス比較」という特殊な手法を用いている。

ラスパイレス比較では、「役職段階」「勤務地域」「学歴」「年齢階層」を考慮する。それぞれ、以下の段階がある。

【役職段階】(10段階)

1級(係員)、2級(主任)、3級(係長)、4級(課長代理・係長)、5級(課長・課長代理)、6級(部長等・課長・課長代理)、7級・8級(部長等・課長)、9級・10級(部長)

【勤務地域】(8段階)

地域手当1級~地域手当7級、地域手当非支給地

【学歴・年齢階層】

中卒(「16歳・17歳」から2歳刻み)、高卒(「18歳・19歳」から2歳刻み)、短大卒(「20歳・21歳」から2歳刻み)、大卒(「22歳・23歳」から2歳刻み)

専門家集団である人事院が、これらの要素を細かく比較検討し、妥当と考えられる給与額を算出しているということである。

「公務員給与の決め方」の今後の課題

ここまで紹介してきたように、特別職公務員の給与は従来、一般職公務員の給与に準じて定められてきている。そして、一般職公務員の給与については、「民間との格差を埋める」という観点から「人事院勧告」という制度に依拠している。

しかし、特別職公務員の給与については、75の職種のすべてについて、一般職公務員に準拠した扱いをするのが適切かどうかという問題がある。すなわち、働き方や職務内容において、人事院勧告の「民間準拠」という考え方が必ずしも妥当しない職種があるのではないかということである。

また、人事院勧告についても、以下のような課題が指摘されている。

【人事院勧告の課題】

・終身雇用制度を前提としている

・非正規雇用の職員への目配りが不足している

すなわち、ラスパイレス比較において用いられている「役職段階」「勤務地域」「学歴」「年齢階層」といった指標は、正社員として終身雇用され定年まで勤め上げるという、旧来のモデルケースを前提としている。したがって、今日の多様な働き方に必ずしもマッチしなくなってきているということが指摘されるようになっている。

人事院も、2022年の人事院勧告において、以下の取組が必要であると認めていた。

・初任給や若年層職員の給与水準を始めとして、人材確保や公務組織の活力向上の観点を踏まえた公務全体のあるべき給与水準

・中途採用者を始めとする多様な人材の専門性等に応じた給与の設定

・65歳までの定年引上げを見据えた、60歳前の各職員層及び60歳を超える職員の給与水準(給与カーブ)

・初任層、中堅層、ベテラン・管理職層などキャリアの各段階における職員の能力・実績や職責の給与への的確な反映

・ 定年前再任用短時間勤務職員等をめぐる状況を踏まえた給与の設定

・ 地域手当を始め、基本給を補完する諸手当に関する社会や公務の変化に応じた見直し

この内容からは、前述した「働き方の多様化」への対応に加え、優秀な人材をいかに確保するかという課題もうかがわれる。

今回の件は、首相・国務大臣の給与にとどまらず、公務員全体の給与の決め方について、今後検討すべき様々な課題を浮き彫りにしたといえそうである。