日本がいまだに「国連の常任理事国」になれない本当の理由

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(※写真はイメージです/PIXTA)

現在193ヵ国が加盟する国連(国際連合)。80番目の加盟国である日本は、一時アメリカに次ぐ世界2位の経済大国となるなど世界に大きな影響を持つ国ですが、いまだ常任理事国には入っていません。いったいなぜなのか、東京大学名誉教授の矢作直樹氏と、世界の金融や国際協議の実務にかかわる宮澤信一氏が解説します。

北方諸島問題を解決して真の独立へ

【宮澤】私自身、常々誇りに思うことでありますが、日本は、戦後アメリカに次ぐ経済大国となったのを見てもわかるとおり、たいへんなポテンシャルを持った優秀な国です。そこは絶対に忘れてはいけません。

かくも優秀な国が、周辺の、文化や伝統を除いて政治的には、はっきり言って二流か三流、どうでもいいような国と小競り合いをしたってしょうがないのです。国民は、巨視的な大局観をもって国をどのように前に進めるか、そういう態度に目覚めなければならないでしょう。

それを、いつまでたっても竹島がどうだとか尖閣がどうだとか、そういうところに拘泥してしまう一部の人たちがいる。その程度のことでしか騒ぎ立てることができない人たちが、一方で、日本は国連の常任理事国になるべきであるなどと言うわけですが、ここには問題としての大きな落差があります。

北方諸島問題を解決して日本地図を元に戻し、あらためて正式に連合国に登録し直さなければ独立国家にはなれません。

例えば憲章第53条一項には、我が国を含めたイタリア・ドイツが仮に軍国主義的兆候を示した場合、他の加盟国は安保理承認なしに直ちに軍事的な対応ができると明記されております。いわゆる敵国条項です。

しかし、主権国家としての国家承認は受けていますから理屈的には常任理事国になれないこともないのだけれども、費用の問題と、常任理事国に日本になられると困る国を日本政府がうまく取りまとめることができるか、あるいは駆逐することができるか、という問題がある。

例えば、フランス等はこの点で頭が良いというか、面白い国です。第二次世界大戦ではド・ゴールが亡命政府をつくらなければならなかったぐらいにヒトラーにやられました。ノルマンディー上陸作戦のアメリカあるいは英米連合軍の力がなければたぶん負けていたでしょう。

実態としては助けてもらったようなものですが、それでもフランスは戦勝国です。戦勝国としてのフランスには、やはり日本を敵国として扱う時期がしばらく続きます。その後1962年に日仏共同コミュニケという協定が結ばれるわけですが、我が国だってそういうことを他の国ともやっていかないと本当はいけないと思います。

フランスは国連の常任理事国です。親日国でもあります。表には出していないけれども、実際は、フランスは日本の常任理事国入りを支持しています。

問題なのは中華人民共和国です。絶対に反対します。これは決まりきっていることで、決まりきっているなかで、日本は模索をしていかなければいけません。

ただし、今日において、国連の常任理事国になることに何のメリットがあるのかという問題もあり、常任理事国にならなければいけないと言って目くじらを立てる必要もないだろうと思います。

領土問題を言うのであれば北方諸島しかありません。北方領土問題に真剣に体重をかけるのはいいのですが、竹島がどうだとか尖閣がどうだとかというのは、向こう様がいろいろ言っているだけの話ですからどうでもいいのです。

「靖国参拝」への批判…定式化された、ある種の儀礼

靖国の問題も特定の国から兎角難癖を言われることのひとつですが、他国との関係うんぬんではなく、日本には国立墓地がないから靖国の位置付けはたいへん重要であるという認識でまず考えるべきだと思います。

英霊というふうに見るのではなく、まずは単純に一種のお墓であるという認識を共有する。そもそも亡くなった人の墓にお参りをすることに他国がガタガタ言うということ自体がおかしいという、それぐらいの感覚でいればいいのです。その上でのお詣りです。

一部の国がガタガタ言ってくるのは、定式化された、ある種の儀礼みたいなものです。それをいちいち受けて騒いでいるような肚ではうまくいくはずがない。いくらガタガタ言われようが、他の国はわかっている、ということでいいと思います。

戦で散っていかれたご先祖さまが亡くなられたら、あそこに行くという戊辰戦争以来の日本の伝統がある、死んだ人たちのことについて文句を言うのは最も卑劣なことである、そういう発想で、言いたいだけ言わせておけばいいんです。

【矢作】1985年に社会党の田辺誠書記長が中華人民共和国まで行って、戦犯を合祀している靖国への首相参拝を許していいのか、などと焚き付けたのが靖国問題といわれるものの発端です。

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中共(中華人民共和国で使われている中国共産党の略称)政府は、最初は相手にしなかったのですが、しつこく言うものだから、これは戦略的に使えそうだと思ったわけですね。

それまで、当然ながら問題はなかった。国会において昭和28年の7月23日衆議院において遺族等援護法が全会一致で議決され、8月6日参議院でも同様可決され、改正されています。東京裁判で有罪とされたすべての人たちは日本の国内法においては罪人とみなさない、と議決されました。これは国民の総意であって、戦犯問題というものはとうの昔に終わっている、ということです。

終わっているにもかかわらず、それを利用したのが社会党でした。民主主義国では支持されてない共産主義あるいはその途上の社会主義の推進団体、つまり、本来的に国家を壊そうとする人たちが公に国政で一定の力を得られるのは日本の困ったところのひとつです。

自分の体のなかを見て、がんがあるね、と言いながら、それを大事に育てているようなものです。国も生命体ですからこれは病気です。

靖国が政治問題化されてしまったので、毎年、春と秋の例大祭の時には勅使を送っておられますが、天皇陛下は直接の参拝をおやめになりました。言ってしまえば、この一事をもって、日本国民としては迷う必要なく、社会党から始まって、この騒動に加担した人たちを内乱罪で処罰してしまうことも可能だったのです。

右・左という言い方もおかしいんでしょうけれども、現状認識ができていないために国を誤るという意味においては右も左もありません。左は論外として、軸は愛国者であっても、なにかひいきの引き倒しみたいなことをして間違った方向に進めば結果として愛国ではありませんよね。

心根では自分の国が大好きであると思っていても、それを発展させて進化させようとして行くべき道を間違え、180度回転して逆になっているということがままあります。今の愛国者には心してほしいですね。

現実的な解決として必要だと思うのは、一人ひとりが大御宝としての心(自分が日本国という家の一員として自覚を持ち、本気で国や人々のことを考える心)を持つ、ということです。

日本の政治が駄目=自民党が駄目

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国民主権などと軽々しく言われますけれども、今の国民は当事者意識が薄いように思えます。

例えば、地震が本当に起こるというのであれば、本来であれば国民の心得としては、なぜ起こるのかということを考え、最低でも自分で国なり国土に感謝して、「地震をなるべく分散させよう」というふうに思い、祈るということです。

小手先の歴史を教えるのではなく、自分も日本という家の家族のひとりなのだという心得を、きちっと小学校の時から教えるべきだと思いますね。繰り返しになりますが、ご先祖様から引き継いだ自分の国に感謝することなく、これを否定したり貶めたりするような自虐的な存在が生じるのは、はっきり言って、生命体としては不自然です。

病気になったと知った時に、なぜ病気になったのかに向き合うどころか、病気がひどくなって自分が死んでしまうことを喜ぶ、そういう発想が存在すること自体、とても不健全なことです。

政治家のレベルの低下を言えば切りがないわけですが、例えばあのアメリカでさえも、少なくともジョージ・ワシントンなんていうのは自分で立候補したわけではなく、みんなになってくださいと言われてなったということになっている。日本の政治家は本来、そういうものでしょう。

代議員制の仕組み、つまり、手を挙げて俺がやる、というのは平時においては日本人の民族性に合わないのでしょう。ぴりっとした政治家が出にくいのは、根本的な政治システムが国民性に合っていないからだと思います。

戦前は、内閣総理大臣の任命については天皇が最終的に大命降下というかたちで承認されていました。しかし今は国民が直接関与できないところで決まっていきます。

【宮澤】戦後の日本の政治が駄目なのは、要するに自民党が駄目だということです。

それ以前に、いわゆる近代民主主義的な発想に基づく議会制民主主義は、日本には100年も200年も早いのではないですか。世界には、生意気である、と考えている人が結構いるはずです。

先ほど言われたレフツ・ライツの件にしたって、いまだにエドマンド・バーク(1729〜1797年、イギリスの政治思想家。著書『フランス革命の省察』で革命を批判、保守思想の父とされる)の指摘した左右でしか判別していないのではないでしょうか。もはやそのような判別は通用しなくなっているのに。

矢作 直樹

東京大学名誉教授

宮澤 信一

国際実務家

※本連載は、矢作直樹氏と宮澤信一氏の共著『世界を統べる者 「日米同盟」とはどれほど固い絆なのか』(ワニブックス)より一部を抜粋・再編集したものです。